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ヴィットリオ.グリゴーロのインタビュー(2011.1.24) グラディエーターと同じ....最後に観衆が親指を立てるか、下げるか... [インタビュー&記事]

 ドイツ国内ツァーも中休み、次は2月12日、チューリヒで《リゴレット》、共演はヌッチとモシュク、その後、チューリヒ、ベルン、ベルリンとコンサート、その後3ヶ月舞台の予定はないようです。6月スカラ座の《ロメオとジュリエット》の勉強に集中でしょうか、2枚目のCDの準備もあるのかな.....けっこうゆったりしたスケジュールだと思います。

 ドイツでのインタビューもいろいろ紹介しましたが、ちょっと今までとは違った趣向のインタビュー記事が掲載されました。5年間バチカンで初等教育を受けただけあって、当然ですが、考え方がカトリック的ですし、才能は神から与えられたもので「能ある鷹は爪を隠す」という発想はないので、このあたりが謙虚さがない...とか批判されるのかもしれません。「声のために気をつけていることは...」に対して、マリオ・デル・モナコ同様におしゃべりを自粛しているそうですが、電話はSMSというのが、なるほど....ですし、「オペラに外見は必要ですか....」という質問も、グリゴーロならではですし、最後の「典型的なイタリア人と違うところがありますか」という質問に「以前はいつも遅刻していたし、明日やればいい、と思っていたけど.....」なんて言ってます。そういえば、チューリヒの中央駅の《椿姫》のリハーサルでも、グリゴーロだけがなかなか来なくて、スタッフがペレイラ氏に確認の電話をしてましたけど、最近は時間厳守しているって本人は言ってますが、確かハンブルグのインタビューでは、遅刻してますけどね。

 外見といえば、グリゴーロも言っているように観客は30メートルも先にいるので、顔の細かい造作は関係ないかもしれませんが、体格、体型は重要だと思います。太っていないだけの歌手は、ゴロゴロいますが、グリゴーロのようにモデル並みの体型の歌手はなかなかいません。特にテノールにピッタリの体型といえます。背も高すぎず低すぎずですし。このモデル並のスタイルは、どんな衣装も着こなせますし、遠目にもかっこ良くみえる効果もありますし、舞台人としては重要だと思います。

★インタビュー
Vittorio Grigolo:Eine Oper ist wie ein Tennismatch. 「オペラはテニスマッチと同じようなものだ」
Interview: Jakob Buhre
10時45分ですが、この時間、あなたの声はどうですか。朝でも歌えますか。
はい。声は常に準備万端です。ウォーミングアップは必要ないです。

声のために気をつけていることがありますか。
コンサートやオペラの前日には、しゃべりません。電話はSMS、それからジェスチャーです。当日の正午に少し声を使い始めます。おしゃべりには気をつけなければいけません。例えば、歌用の声では話しません。ドミンゴもそうしています(グリゴーロはいくつかのセンテンスを高い声で話す)疲れるんです。声帯に気をつけなければいけません。運動、話す事、そして世界中をまわる旅行。今は、船で15日もかけてニューヨークに着いたカルーソーの時代とは違います。ニューヨークやパリどころか東京だって一日の距離です。

あなたのような声は珍しいですか。
そうです。私には多様な色彩と柔軟性のある強い声があります。これは神から与えられたものです。

そのような声はたくさんあるけど、発見されないだけなのでしょうか。
世界に1000人はいると思いますが、どうやったら見つかるのかが問題です。私はとても幸運でした。適切な時に適切な場所で扉が開いたのです。良い出会いがありました。列車で出会った人によってなんらかの発展があったり。14年もお世話になっている先生とか。せっかく奇跡的な声を持っていても、ぴったりの先生に出会えなかったり、才能を伸ばすチャンスがなかったりしたかもしれない。

良い先生以外には、良い機会が重要なんですね。
精神的に強くないといけません。テニスの試合と同じです。オペラは試合のようなものです。すべてをマスターした上、終わりにもはじめと同じように元気でなければならないのです。オペラは3時間続くのです。音をひとつはずしたら、終わりにはブーイングを浴びせられます。オペラの舞台の上にいるってのは、闘技場のグラディエーターみたいなものです。最後に観衆が親指を立てるか、下げるかなのです。

あなたは少年時代システィーナ礼拝堂聖歌隊で歌っていました。そのような聖歌隊は今日でも若い世代にも人気があるのでしょうか。
ないです。でも、これは運命的なものです。私達は何故ここに座っているのでしょうか。何か理由があるのです。私は神の摂理を信じています。時にデジャヴを感じます。そしてその時に思います。私は、私に定められたことをきちんとやっているのだと。

歌の早期教育は重要ですか。カルーソーもジーリも少年合唱団にいました。
子どものときに、人は何かを見つけようとします。自分をコントロールするものです。自分の適性を発見し、それを知ろうとします。聖歌隊はスポーツクラブのようなものです。そこで、自分自身をコントロールすることを学び、同じようなことを感じるのです。小さいとき、教会に行って、世界を知りました。不思議でした。これが私を歌うことに向かわせました。

今日、人々が歌に興味をもつきっかけは何でしょうか。
おそらく聖歌隊ではなくて、他のものでしょう。ポップアイドルです。実際的には同じようなものです。求めることが重要です。子ども達が聖歌隊に入りたいと思わなくても、問題ありません。音楽の才能を伸ばせればいいのです。ショーであれコンクールであれ。今日では聖歌隊よりこういうショーがたくさんあります。でも、まだ教会に通う人たちはいます。私自身、教会っ子でした。いつもミサに行っていました。たぶん他のカトリックの子どもたちも教会に行って、そこで歌うことを知ると思います。

オペラをはじめて知ったのはいつですか。
4歳の時だったと思います。父はいつも車でオペラを聴いたり、歌ったりしていました。私はそばに座っていました。これが私は好きでした。

ポップスは?
車の中では、何だって聴きました。あらゆる種類の音楽が好きです。今はオペラに集中しています。でも、ミュージシャンやジャンルの間に壁があるとは思いません。良いミュージシャンは何でも演奏できるし、誰とでも共に演奏できると思います。私もラップ歌手やR'n'Bと歌うことができると思います。

クラシック音楽批評家たちはそういうあなたを不快に思うのではありませんか。
良いものを提供すれば、そんなことはないでしょう。オペラでは当然「ラ・ボエーム」を見て、感動的な良いテノールを聴きたいでしょう。観客を感動させ、髪の毛が逆立つような気分にさせられれば、望んでいたものを与えることができたということです。そして、次の日にはラップを歌うことができるし、観客はそれを聴いて、すばらしいと思うはずです。

今後もポップスをやりますか。
はい。ポップアルバムを録音します。二番目のポップアルバムはすでに完成していますが、発売されませんでした。フランス語、英語、スペイン語、イタリア語の歌を書いてもらいました。プラシド・ドミンゴとのデュエットもありました。でも、マネージャーとの問題があって。そういう問題はよくあることですが、ちゃんとした人かどうか見極めないといけません。

2010年コヴェントガーデン「マノン」のデグリューデビューでイギリスのガーディアン紙が「彼はこの役が要求するものの全てを持っている。素晴らしい声と完璧な外見」と書きましたが、
さあ、どうでしょうか。わかりません。

あなたの職業に外見は重要でしょうか。
観客には実際よりかっこよく見えると思います。観客は少なくとも30メートルは離れています(笑)間近で見ることはないわけです。それに、「ロメオとジュリエット」の恋人を丸ぽちゃタイプとして演じることなんてできません。共に旅立つ女性がバレリーナのようにエレガントでなければならないんですから。「役を体現しろ」っていうことです。観客はいつも完璧を求めるものです。身体と声。容易なことではありません。
私はごく普通の身体をしていますが、かっこいいかどうかは、自分では判断できません。でも、舞台では全力を尽くして何かを表現します。このエネルギーこそが人々にアピールするのでしょう。美に関しては、私が自分の才能を示し、私を聴いてもらうとき、観衆のために私はよりかっこよくなるのだと思っています。舞台に登場する時、生じるのがこの美だと思います。

パヴァロッティとの比較がますます頻繁に見られますが、うれしいですか。
もちろんです。私の声がパヴァロッティの声のニュアンスや色合いに似ているとか、発音や発声、言葉の発し方などに共通点があるとか、言われるのは素晴らしいと思います。聴衆はそのように感じているわけです。イタリアでイタリア語で歌うとき、直接理解できるべきです。字幕は不必要であるべきです。わたしは明瞭な発音をするように頑張っています。子どものときオペラに行って歌手の言葉が分からなかったことがよくありましたから。分からないとつまらないので、いつも「何て言っているの?」って、隣の席の人に聞いていました。で、パヴァロッティですけど、彼は私の成長を助けてくれたし、私を励ましてくれました。彼のような素晴らしくて長いキャリアを望むなら、彼の秘密を知りたいと思うでしょう。

彼の秘密って何でしょうか。
知りたいものです(笑)

あなたのPR文句に「ヴィットリオ・グリゴーロ、スター誕生」というのを最近読みました。
そういうのは馬鹿げています。そういうスターはメディアによって創られるだけです。しかし、自分自身の中で、私の心の中で、私はスターです。名声は、才能と違って、人々から与えられるものです。私には才能があります。これは生まれつきの恩恵です。貧乏な人がある日宝くじを当てるのとは違います。そういう人はその大金の扱い方を知らないために一週間後には自殺するでしょう。

これから先の仕事は?
次のオペラ、次の音楽の仕事についていつも考えています。いつかスターじゃなくなっても、私にとってそれは良い事です。いつか私のことが忘れられても私は死なないでしょう。その時にも私自身の中で私はスターで、その星は輝き続けています。

イタリア人テノールはイタリアオペラを要求されます。イタリア人でない歌手にどういうことを勧めますか。ヴェルディやプッチーニを歌うためには、まずイタリア語を習うべきですか。
いいえ。まず愛することを学ぶべきだと思います。我々イタリア人は真の愛を知っています。エゴイストではありません。愛に献身します。自分にとって重要であるからというだけでなく、他の人を幸せにしたいからです。こういうわけで、イタリアの人たちはロマンチストなのです。音楽も同じです。だから、歌手にはまずイタリア人がしているように愛することを奨励します。愛することは自分のエゴを満足させるというよりは与えることです。つまり毎日5時間歌うことだけでなく、よく生きることが大事です。愛を体験しないでどうやって愛を歌うことができるでしょうか。素晴らしい歌は人生の経験から生まれます。私は愛し合ったら、歌を書きます。

あなたが典型的なイタリア人と違うところがありますか。
とてもちゃんとしているところです。以前はいつも遅刻してました。「明日やればいい」がモットーでしたから。今はずっと現実的になって、違う文化を尊重しています。多分チューリッヒに住んでいるからでしょう。他の国のやり方を理解するようになりました。

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