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”Opera News” 9月号 Vittorio Grigolo :まさしく21世紀の産んだもの、現代の生き物そのもの [インタビュー&記事]

 "AMICI Journal" 夏号に続き、”Opera News”9月号に、ヴィットリオ・グリゴーロの特集記事が掲載されました。交流ブログのMadokakip さんが、定期購読されていて、8月7日に届いた、ホッカホカの記事を送って下さいました。ありがとうございます。
 ”Opera News”は、メトロポリタン・オペラ・ギルド発行の雑誌ですから、10月のグリゴーロの劇場デビューに向けてのキャンペーン開始! 鳴り物入りで大いに宣伝してもらって、ニューヨークのオペラ・ファンの期待感を煽っていただきましょう。

 ヴィットリオ・グリゴーロは、メディアからパヴァロッティーノという愛称で呼ばれた13才の時から注目され、その後もことあるごとにその都度いろいろな記事が書かれています。この”Opera News” の記事でも、33才という若さにもかかわらす、ヴィットリオ・グリゴーロがいかに「歌うこと」へのこだわり、信念を持った歌手であるのかを再認識させられる非常に興味深い内容となっています。
 たとえば、13才でローマ歌劇場で歌った経緯....グリゴーロ少年が、たまたまヨハネパウロ2世にコーヒーを持って来たので、決まったとか....ヴァチカンのシスティーナ礼拝堂聖歌隊でどんな勉強をしたのか、ポップス系音楽(クロスオーヴァーではありませんから、クロスオーヴァーと呼ばないで下さい!)のこととか、グリゴーロの演劇的特質について.....演出家の要求よりも観客が求めているものを演じる....と語っていることとか。


★国際舞台で上昇中テノールたちに潜在するスター性
ヴィットリイオ・グリゴーロは、これを絶対確実に発見できるテノールのひとりである
彼は今秋ボエームのロドルフォでメトデビューする
By Matthew Gurewitsch
  1990年、ローマ歌劇場は《トスカ》の3幕のために牧童を必要としていた。ヴァチカンが、たまたまヨハネパウロ2世にコーヒーを持って来たシスティーナ聖歌隊のソリスト、ヴィットリオ・グリゴーロを提供した。心の丈を歌いながら舞台を横切る瞬間が映像に残されている。悲しいかな、舞台でスポットライトを浴び続けるということはまだなかった。カヴァラドッシ役のルチアーノ・パヴァロッティは、この少年がすぐ好きになって、「パヴァロッティーノ(ちっちゃなパヴァロッティ)」と呼んだと、イタリアの新聞が書いた。33歳で《ボエーム》のロドルフォでのメトデビューとは、なんという素敵な巡り合わせだろうか。1968年のパヴァロッティと同じだ。

 子どものころのニックネームは、当時を知るイタリア人には、グリゴーロが歌手になったことの説明というよりは、むしろ天性の芸術性のほうを思わせる。今やグリゴーロは国際的スターダムの先端にいる。そのもの悲しく鳴り響くが本来明るい響きは自然でつややかな輝きを感じさせる。その明瞭な発声(ディクション)は、深い情感を伴って鋭い音を出す。だが、それに彼の映画スター的美しさと、ポスト三大テノール吟遊詩人としてのリラックスしたロックスター的カリスマが加わって、まさしく21世紀の産んだもの、現代の生き物そのものが目の前にいる。

 グリゴーロをこの道に運命づけた作品は、母親が替わりの眼鏡ができるのを待っていた眼科医のところで耳にして唱和した、シューベルトのアヴェ・マリアだった。次に気がついたら、システィーナ礼拝堂の聖歌隊学校に入学させられていた。そして、あっという間にソリストに指名された。

 「ユニークで、不思議だらけの場所でした」チューリヒ歌劇場で「ホフマン物語」に主演したあと、この3月、夕食をぱくつきながら、彼は語った。「とても幸運でした。学校はただでした。父は経済的に大変なことが多かったから。その時もそうでした。両親も僕も皆とても健康でしたが、お金はありませんでした」聖歌隊学校は普通の学校教育に加えて音楽の基礎の全てを教えた。

 「僕たちに教えてくれた司祭たちは音楽に奉仕するためにだけにそこにいました。彼らが聖職についたのは音楽のためでした。毎日ソルフェージュをしました。歌手に必要なあらゆる準備をしてくれました。最終目的は、どんな楽譜でも音叉を使って無伴奏で歌えるようになることです」

 インタビューのときの公演の「ホフマン物語」はほとんどわけのわからない現代的なやつだったが、許せる範囲のものだった。リハーサルが始まる前日、演出のトーマス・ラングホッフが健康上の理由で降板し、劇場の芸術監督であるグリシャ・アサガロフが引き継いだ。その上、開演26時間前に、4人のヒロイン役のソプラノのエレナ・モシュクが同様に降板。とんでもないことに複数の代役をたてる必要に迫られた。

 プレミエに対する批評で、ある批評家はグリゴーロはオッフェンバックをプッチーニのように歌うと非難した。後の一連の公演で、私を捕らえた特質は、グリゴーロの発する核心をついた迫力、清潔でリリカルな旋律線、厭世と強い哀愁をそこはかとなく醸す陰りだった。どこにも紋切り型のプッチーニの響きを想起させるものはなかった。国際標準からも、このようなフランス喜劇で、グリゴーロのフランス語の発声は余裕で合格である。

 イタリア的雰囲気があると言い張る観客は、グリゴーロの俳優としての激しさの中にそれを見いだしているのかもしれない。観客としての彼の感情移入の強さという側面でもある。グリゴーロは「いつも遅くまで映画を見ています。そして、ものすごくいっぱい大声で泣きます。偉大な俳優はその物語を生きていなければなりません。そうでなければ、観客は引きこまれません。オペラで、物語に没入するには、声が助けになります」と言う。グリゴーロは音楽のうちに悲しみの涙を流すことを知っているが、綿々とむせび泣くことはない。こういう感性によって、どんな素材を扱っても、彼は常に本能的にクラシック歌手に留まっている。

 つまり、彼のデッカでのポップス系録音が、保守反動的オペラ狂の癇に障ることもありうるが、それは間違っている。これらのアルバムは"Vittorio(2006)"とグリゴーロがトニー役を歌った、初演50周年記念アルバムの"West side story"である。トニー役はミラノ・スカラ座とその日本ツアー(2003)でも歌った。

グリゴーロは、クラシック・レーベルがイージーリスニング・アルバムを売り出そうとしたオペラ発声の最初の写真写りの良いテノールというわけではない。これらは、お決まりのPBSスペシャル、グレート・パフォーマンス(グリゴーロのは「ヴィットリオ ローマの夢」と題された)によって認められている。しかし、アンドレア・ボチェッリやJosh Groban(ジョシュ・グローバン)にとって有効だったことは、オペラが天職の歌手にも、なお有効である。ソニークラシカルとの専属契約による最初のリリース、"The Italian Tenor"で、グリゴーロはドニゼッティ、プッチーニ、ヴェルディから彼の得意なレパートリーを歌う。それらは良い結果をもたらすはずだ。(このアルバムは9月発売となっている)

 新聞を見よう。音楽界は、2008年ワシントンナショナルオペラのドニゼッティ《ルクレチア・ボルジア》でグリゴーロの近親相姦的な母親役を演じたルネ・フレミングのロック・アルバム~クロスオーバーとは決して言わないで~~*1"Dark Hope"とにらみ合っているところだ。*2グリゴーロもクロスオーバーという概念を嫌っている。グリゴーロは2年前に、ジャン・カルヴァンの町、ジュネーブの大劇場に、ドン・カルロで劇場デビューとロールデビューをした時、ジュネーブ・トリビューン紙に、インタビューで、こう述べている。「僕はポップオペラという名前にこだわりたい。これは、ロック、キャバレー音楽、ジャズなどを、クラシックの様式とテクニックを押し付けず、それらの特質に従った自然な方法の歌唱です。クロスオーバーはあたかもクラシックのようであって、そうではない歌唱です」

 たぶんそうなのかもしれない。ユーチューブの行き当たりばったりのグリゴーロ・アーカイブは、非常に幅広い音楽的嗜好を示している。グリゴーロの名前で検索すると、まずは"Il Mio Miracolo" とか英国のロックグループ  Keaneの "Bedshaped"といった、ポップスがヒットする。しかし、リッカルド・ムーティと一緒に検索すると、ヴェルディの珍品"Tantum ergo"(懐かしのローッシニのスタバトマーテルもある)とか、三声とフルートとピアノのための魅惑的な室内楽"Guarda che bianca luna"などが見つかる。

 要するに、グリゴーロは分類など気にしていない。「何を歌っても、人々に何かを与えたいと思っている」と、今の彼は言う。「自分は単なる配達人です」 マイケル・ジャクソンと共演だってしたかもしれない。簡単に言えば「何が起こるかなんてわからないけど、自分だけのネバーランドを築こうと頑張っています」と言うことだ。

 2007年秋のワシントンナショナルオペラで、エマニュエル・ヴィヨーム Emmanuel Villaume 指揮のロドルフォで始まった、グリゴーロのアメリカ進出はまだ日が浅いが重大だ。(撮影されたショウの後、総監督のプラシド・ドミンゴが自分のピアノ・ヴォーカルスコアをグリゴーロにプレゼントした)2008年7月、シカゴのミレニアムパークで、4万の観客と報じられた追悼記念でパヴァロッティのレパートリーから全舞台場面を演奏した。次の月、ロサンゼルスのユニヴァーサル・スタジオで、アーノルド・シュワルツネッガー主催の第26次メキシコ国境国協議会(BGC)で歌った。秋には、フレミングとの「ルクレチア・ボルジア」のためにワシントンに戻った。

 外国では、バリから北京、ジュネーブ、グランカナリア島と駆け回っている。レパートリーは、エドガルド、アルフレード、マントヴァ公爵、ドン・カルロ、リヌッチョ、ファウスト、そして、さまよえるオランダ人の野性的でロマンチックな舵取り。なんとも長い移動距離と大概は短い滞在。これは、ヴェルディの将来の栄光の基礎となったつらい奴隷労働時代と似ている。今、そのペースに変化が起こっている。賭け金は上昇を続けている。6月、コヴェントガーデンデビューで「マノン」のローラン・ペリ新演出、アントニオ・パッパーノ指揮(レビューp.78参照)でアンナ・ネトレプコと共演した。8月は、ズービン・メータ指揮、公爵のグリゴーロ、プラシド・ドミンゴのリゴレット(間違いじゃないよん)で、100カ国に中継される予定の、9月4日のマントヴァからの生放送リゴレットの準備で過ごす。

 さかのぼると、グリゴーロの最大の機会を与えた歌劇場はチューリッヒ歌劇場だ。インテンダント、アレクサンダー・ペレイラ(ザルツブルグ音楽祭の監督でもある)は、スター歌手育成記録保持者だ。特に、一部あげるだけでも、ピョートル・ベチャラ、ヨナス・カウフマン、サイミール・ピルグ、ロベルト・サッカなど、様々な背景を持つ、好感度の高い、想像力をかきたてるようなテノール集団を育てた。各シーズン12以上の新演出オペラを舞台にのせるペレイラは、豊富な歌手リストの情報網を持っている。しかし、2008年9月の市中央駅での「ラ・トラヴィアータ」の驚くべき生テレビ放送でのアルフレード役という注目すべき名誉は、グリゴーロの手に落ちた。(スイステレビのウェブサイトでDVDが入手できる) 前のシーズン、新演出「ホフマン物語」だけでなく、ヴェルディの「海賊」のめったにないリバイバル公演のタイトルロールも得た。Opernwelt誌は、ヴェルディでの彼の声は若かりしころのフランコ・コレッリのそれに、外見は、20世紀半ばのフランスの舞台と映画のスターだったジェラール・フィリップに似ていると評した。

 早生したフィリップとの類似性は、骨格だけでなく、グリゴーロの演じる人物の揺るぎがたい無邪気な潔白さとそれに伴う的確な演劇的直感にある。*3「ミュンヘンで、エディタ・グルベローヴァとルクレツィア・ボルジアをやったとき、演出家は物語を1940年代に設定しました。そして、椅子に座って、下着姿で死ぬことを求めました。そうではなくて、僕は、彼女の腕に抱かれて死にました。要するに、歌手は、自分にとって最善のことがわかるのです。どうすれば、観客が自分を好きになるか、わかるのです」

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*1:"Dark Hope"ロックの名曲をカヴァーしたルネ・フレミングのアルバム

*2:「グリゴーロもクロスオーバーという概念を嫌っている......」これもいつも主張していることですが、クラシックと非クラシック音楽について、ペーター・ホフマンと非常に似通った考え方をしています。交流ブログのedcさんの「おじいちゃんのオペラは死んだ:ペーター・ホフマンと総合芸術の仕事....ポピュラー音楽、あるいはロック・ミュージック」が参考になります。

*3:ミュンヘンの《ルクレツィア・ボルジア》は、クリストフ・ロイの演出ですが、ジェンナーロは、(映像に残っている公演では下着姿ではありませんが)後ろ向きに椅子に腰かけます。ルクレツィアは、ただ舞台中央につたって歌うだけです。グリゴーロが代役で歌った時は、グルベローヴァも協力したということですね。この「椅子に後ろ向きに座る=死」は、目立ちたがり屋の演出家が、またやってるな....としか感じませんでした。これに従わなかったグリゴーロは頼もしい.....来年の《ノルマ》のボブ・ウィルソンの演出ではどうするんでしょう。

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["West side story"スカラ座/CD]
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コメント 4

Sardanapalus

興味深いインタビューですね。Opera NewsはMETに出演する歌手を特集してくれるので、好きな歌手がMETに出る前はいつもチェックしてしまいます(^^)

>来年の《ノルマ》のボブ・ウィルソンの演出ではどうするんでしょう。
ウィルソンとグリゴーロって、水と油のように思いますが…(^_^;)演出家の意図を全く無視するわけにもいかないと思いますので、ある程度はグリゴーロがあのロボットのような動きに合わせるんでしょうか。というより何より、「ノルマ」なのにウィルソン演出って、それだけで見る気が無くなっちゃいます~。
by Sardanapalus (2010-08-10 23:47) 

kametaro07

>ミュンヘンの《ルクレツィア・ボルジア》は、クリストフ・ロイの演出ですが、ジェンナーロは、(映像に残っている公演では下着姿ではありませんが)後ろ向きに椅子に腰かけます。
そうです。下着姿ではありませんが、後ろ向きに椅子に腰掛けていました。
グリゴーロは腕の中で死んだのですね。
その方が自然ですよね。
おそらく代役ということで、グリゴーロが演じやすいように演出家も譲ったのでしょうが、仰るようにきちっとポリシーを持って主張したグリゴーロは頼もしいですね。
本当に「ノルマ」はどうなるでしょう。
演出がダメという理由でキャストを降りることが散見されますが、そこまでは・・・と思っているのですが・・・。
by kametaro07 (2010-08-11 18:05) 

keyaki

Sardanapalusさん
キーンリーサイドが表紙になっているのが、ブログのサイドに飾ってありますけど、あれOpera Newsですね。
筆者は、けっこう幅広い分野で活躍しているみたいです。ユニークで面白い記事ですよね。

>ウィルソンとグリゴーロって、水と油のように思いますが…(^_^;)

私もそう思います。グリゴーロって、とても自由奔放って感じ、というか本人もそうだ...って言ってますものね。
ウィルソンの演出だと、多分能の摺り足っぽい動きで、走ったりはないですよね。ぜひとも舞台を走りまわって、ボブをギャフンと言わせて欲しいですね。(笑

by keyaki (2010-08-11 20:13) 

keyaki

kametaro07さん
「下着姿」が気になります。下着姿は妥協したのでしょうか?
この演出、1幕ではシャツを脱いで上半身裸の場面がありますけど。
グリゴーロも、上半身裸は、お得意ですけど、下着までは.....まだやってませんよね。
歌い終わって、椅子に座るだけでいいのですから、なにも代役で一日だけしか出演しないのですから、どっちかというと、グリゴーロがハイハイと演出通りにしておけばいいことなんでしょうけど、それでも、自分の主張を通したということですよね。エラいぞ!グリゴーロ。
ま、確かに、所謂「穴埋め代役」ではないので、ロイが譲ったのかもしれませんけどね。

ノルマは、DVDになるということをグリゴーロが雑誌のインタビューで言ってますから、キャンセルはないと思いますけど。
グリゴーロが、ボブの決まり金時の演出を知らないとも思えないので、わかっていて契約したのではないかと思いますけど。
どうなるんでしょうね.....
by keyaki (2010-08-11 20:48) 

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