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ドイツのオペラ雑誌"OPERNGLAS"の表紙に....★☆来シーズン以降の公演予定追加 [インタビュー&記事]

★インタビュー全文が手に入りましたので追記しました。(2009.7.2)
グリゴーロは一人っ子だと思っていましたが、今回のインタビューで、三人兄弟だったことが分かりました。グリゴーロは多分末っ子でしょう。一人っ子だと思い込んでいたのは、ポップ系のHPの経歴に一人っ子と思わせる記載があったからです。(ルッジェーロ・ライモンディも三兄弟の末っ子で、ボローニャではカッコいい三兄弟で有名だったんですよ....)


ドイツの雑誌"OPERNGLAS"にインタビュー記事が掲載されました。表紙もヴィットリオ・グリゴーロですが、いつものお馴染の写真を使ってます....撮影の時間がなかったのかしら...インタビュー記事の写真(右)はお初です。


 昨年に引き続き、今年の夏もオランジュ音楽祭に出演、昨年は、ヴェルディのレクイエムでしたが、今年は《椿姫》のアルフレードで、テレビの中継もありますので、夏の音楽祭に関連してのこととか、CDについてもなんか言及しています。(ネットに公開されている抜粋記事)

 オランジュ音楽祭には数年の契約をしているのか、2011年には、《リゴレット》に出演することになっています。ジルダはチョーフィの名前が挙がってますが、かんじんのリゴレットが誰だかわかりません。
★2012年までの予定はこちら

★とても興味深い内容のインタビュー記事ですので要約を掲載します。
青字の質問が追加分です。
360度
多面性こそがヴィットリオ・グリゴーロのコンセプトである。Andreas Laskaがこのテノールにインタビューした。以下はこのインタビューからの抜粋。

グリゴーロさんは今年オランジュ音楽祭でラ・トラヴィアータでアルフレードを歌います。昨年ここでヴェルディのレクイエムを歌いました。この音楽祭はあなたにとって特別なものですか

オランジュは私にとって非常に神秘的な場所です。ヴェローナととても似ています。世界の不思議のひとつに違いないと思います。音楽ファンならだれでも一生のうちに少なくとも一度は行くべきでしょう。あそこで歌うことは、容易なことではありません。よくひどい風が吹くからです。最後まで歌い抜くためには、声をしっかりと一点に集めなければいけません。しかし、私は全く心配していません。私はキャリアの初めごろ、よくビッツェリアで歌いましたが、屋内だけでなく屋外でも歌いました。ですから、こういうことは経験済みです。

あなたにとってアルフレードという役はどんな意味がありますか。

正直に言って、この役は全然歌いたくなかったです。2000年にフランコ・ゼッフィレッリからの話でさえ断ったほどです。ゼッフィレッリはブセットで私でやりたかったのです。当時はこの人物を理解できないと思ったのです。アルフレードは非常に愚かで弱い男だと考えました。そして、私はとても情熱的で、ロマンチックで、その上、すぐに興奮します。私にも気弱な面もありますが、とりわけ舞台の上ではものすごく活動的です。だから、いつでも英雄的な役を演じたいのです。でも、2007年にローマでゼッフィレッリの演出でアルフレードをやりました。そして、その時に、アルフレードは実際は非常に強い性格の人物であるとわかりました。当然弱さも持ち合わせています。とりわけファーザーコンプレックスが強い。しかし、あの時代にヴィオレッタのような女性に夢中になって、単に関係を持ったのではなく、心から好きになったのだと私は思います・・、最後には当然結婚するつもりだということは、絶対に勇気が必要です。アルフレードは、マグダラのマリアを抱きしめたキリストのように思われることがあります。なぜなら、彼はヴィオレッタに世間的なものとは別の清らかさを見出していたのです。これもまた成熟した愛の形です。こういうことを理解するには、2000年の私はまだ若すぎました。

ついでに言いますが、若いですね。あなたの経歴をみるとき、非常に早い時期にデビューしていることに、すぐに気がつきます。1996年19歳です。その経緯を話してください。gri_suica.jpg

非常に音楽的な家庭に生まれました。家族の男性、つまりおじと父と二人の男兄弟は全員テノールで、とても陽気で楽しいです。前のエージェントは、兄弟三重唱団として、売り出そうとさえしたほどです。あのころは三人ともとても格好良かったですから。けれども、歌手を職業にするのは一人だけというのが家の方針でした。最初はおじでした。そして、次が私というわけです。この方針は、父には非常に気の毒でした。父はすばらしい声の持ち主ですから。でも、私にとっては、全然悪くなかったと言えるでしょう。父が歌っていたら、私が父の後を継いだかどうかわかりません。とにかく、父にとって今は私のキャリアを見守ることが喜びです。

歌い始めたのはいつですか。

子供のころです。当時システィーナ礼拝堂の合唱団で歌っていましたし、ローマ歌劇場でルチアーノ・パヴァロッティの「トスカ」で羊飼いでした。(このトスカは公式に録画されました)ドミンゴの録音でもこの役を歌うはずでしたが、その間に声変わりしたので、およそ3年ほど歌を中断しました。代わりに、たいていの14、5歳の男の子たちと同じように、サッカーを楽しみました。同時に、ちょっとピアノを弾いたり、学校では音楽の授業を受けたりもしました。17歳のとき、先生に出会いました。バス歌手のダニロ・リゴーサです。彼は私に歌の専門教育を始めるのは早すぎると警告しました。本気で考えているのなら、多くの事を断念して、生活を全面的に変えなければならないと言われました。私は約束して、勉強を始めました。そして、一年半の後、ロッシーニの»Petite Messe Solennelle« でデビューしました。

あまりにも早いキャリアの開始は、早期の専門教育同様、若い声にとって危険ではないですか。

当然危険です。だから、当時、大勢の人が、私のキャリアの終わりは早いだろうと予言しました。だけど、デビューした年に、ウィーンオペラカンパニーの《イタリアのトルコ人》のドン・ナルチーゾを19回歌いました。声を損なうことなくやり遂げたあと、声はとてもしっかりしていて、キャリアを妨げるものはないことがわかりました。

キャリアの一年目にすでに主要劇場にデビューしていますし、リッカルド・ムーティやダニエル・ガッティのような指揮者と仕事をしていますが、国際的に認められ注目を集めたのは、もう少し後ですね・・

そうです。23歳のとき、すでにスカラ座にデビューしました。スカラ座で歌った最年少のテノールでした。Beniamino Gigliのスカラ座デビューは24歳でした。そのとき、私の前では全ての扉が開かれると言われましたが、実際にはそんなことはありませんでした。結局のところ、キャリアを続けるためには、イタリアから出なければなりませんでした。しかし、こういうことは多くのイタリア人に共通の運命です。技術者もそうですが、歌手も同じです。才能のある者はイタリアから脱出するというのは本当なのです。

あなたのキャリアを決定的にしたものは何ですか。

それは2007年ワシントンでのボエームでした。その前にパヴァロッティに会いました。亡くなる少し前でした。彼とこの役を勉強しました。だから、最高の準備ができました。実に自由に、同時に完全に意欲的にできたと思います。初日にはメトから来た人たちが客席にいました。彼らはただちに私をオーディションに招きました。それから、突如あっという間に立て続けに事が進みました。再びワシントンで《ルクレチア・ボルジア》チューリヒで《ルチア》、スカラ座で《ジャンニ・スキッキ》、バレンシアで《ファウスト》・・  今ここで全てのデータを提供することはできません。ほんとに短期間にものすごくたくさんのデビューを果たしました。ほんとうは、役というものは、勉強後、まずは3ヶ月置いておいてこそ熟するのです。しかし、今その時間が全くありません。だから、今アヴィニヨンで歌っているエドガルドも、秋のチューリヒでのデビューよりずっとよくなりました。あの時は、しばしば声量過多になっていました。今はもっとよく加減ができます。前よりもっとメッツォヴォーチェで歌っています。
「私は一生海賊をやってもいい」

今日、《愛の妙薬》《ドン・カルロ》《コジ・ファン・トゥッテ》から《ファウスト》まで、《ルチア》からなんと《メリー・ウィドウ》まで、わくわくさせられるレパートリーを広く歌っていらっしゃいますが、ご自分の声をどのように考えていますか。

私の声は、海が見える開いた窓のようなものです。あるいは、異なるイメージのために使うもの、ペンのようなものです。声を総合的かつ個別的に取り出すのです。しかし、広げすぎると、もう元には戻りません。ですから、ロッシーニや多くのベルカント、そしてたくさんの小さな役などの、軽いレパートリーからはじめました。その間に何か重い役を混ぜるのはかまいませんが、常に用心していなければなりません。そういうわけで、私はたびたび断ってきました。多分、引き受けたことより、断ったことのほうが多いです。

では、今後、声をどのように発展させていくつもりですか。

まずは目下のレパートリーにとどまるつもりですから、《ルチア》《ルクレツィア・ボルジア》《ボエーム》《リゴレット》《椿姫》をできるだけ頻繁にやることになるでしょう。その間に《ファウスト》をちょっとやって、《ウェルテル》《ロメオとジュリエット》とか 《愛の妙薬》などをちょっと。声にとってそれがよければ、60歳まで、これらの役にとどまります。私にとって全く問題がないと思います。無理はしたくありません。私たちはあまりにもたくさんのすばらしい声が消え去るのを見ています。ですが、私の身体が重い役を求めるようになった時には、徐々にレパートリーを広げることになるでしょう。今までに、このような観点から、承諾したものは、チューリヒの《ノルマ》です。それも、音響が非常に良い小さな劇場で、仲間と一緒にやれる作品だし、大声を出さない役だからです。録画もするはずです。
*ノルマは、もしかしたらゲオルギュー....と思いましたが、某フォーラムでフレミング?説浮上...

よかったら、もう発表してもよい予定や新しい役についても話してください。

チューリヒで来シーズン、はじめて《Il Corsaro 海賊》をやるのを、もの凄く楽しみにしています。これがうまくいったら、一生海賊だけやってもいいです。

あなたは音楽的接触不安といったものはまったくないように見えます。つまり、どんな音楽とも関わることができる。例えば、ウェストサイドストーリーでトニーを歌ったり、ポップスのレコードの録音さえしています。今日のオペラ歌手は境界を超えるべきですか。

だれもがそうするべきだなどとは思いませんが、やることが、可能でなければなりません。これが重要です。そしてまた、その音楽が好きだからこそ、やるのでなければなりません。私は、広い意味の音楽と芸術が好きです。360度です。可能な限りの楽器を演奏したいです。別の理由もあります。ポップミュージックによって、より大勢の様々な聴衆に出会えます。

チューリヒ中央駅のラ・トラヴィアータへの参加も、その一環ですか。

もちろんです。すべてに関わったわけではありませんが、あのような有名なオペラをやるという、この企画は私にとってすばらしい目標でした。とてもすばらしい格言があります。預言者が山までこなければ,山が預言者のところに向かう。オペラは宣伝をしなさすぎると思います。オペラがもっと市場に出て稼ごうとするなら、広範囲の聴衆を得て、大成功するでしょう。

あなたは、声質に加えて、常に演技力も賞賛されています。あなたにとって俳優らしさとは、どういうことですか。

それは実際にとても重要な課題です。ドラマなしのオペラは存在せず、現実感なしの人生も存在しません。だから、オペラにはリアリティが必要なのです。ですから、舞台に立ったら、可能な限り本当らしく演じようとします。その際、身体表現は、音楽表現と同様に大事です。そして、私はエドガルド、あるいは、アルフレードであって、自分と役の間に作曲家はもはや存在しません。おそらく私が、身体表現によってオペラを徹底的に変えた最初のテノールです。私が舞台で剣を手にしているとき、恐怖感を持つ人さえいます。でも、まさにこういう人間的リアリズムこそが感動を呼ぶのだと観客は言っています。

今日、国際的キャリアの確立は、CD企業との専属契約によってこそだと思われます。これについてどうお考えですか。

これに関しては、残念ながら、何か間違った方向に進んでいます。すでに一年半前にデッカでアリアのCDを録音しました。ところが、私の元エージェントとCD会社の間で不一致があり、このCDは発売されていません。当時、制作のために随分協力しました。90日のプロモーションツアーのために空いた時間などなかったから、CDか舞台かを選ばなければなりませんでした。で、私は正しい選択をしたと思います。でなければ、おそらく今2014年まで予約でいっぱいなんてことはなかったでしょう。

それでは、今のところCDの計画はないのですか。

はい、さしあたりありません。
gri_013.jpg

さきほどちょっとおっしゃいましたが、今日では、キャリアには販売促進活動(プロモーション)と市場調査(マーケティング)が必要とされます。歌手にとってマーケティングはどの程度必要ですか。

大いに必要です。良い声はもの凄くたくさん存在します。私はほとんど毎日すばらしい声の持ち主に出会います。もしかしたら、私よりも良い声なのに、キャリアはまったくない。それは、適切なマーケティングをしていないからです。100人のシューマッハーがいても、ひとりだけがあのシューマッハーになりました。それは、彼がちょうどよい時、ちょうど良い場所にいたからだし、彼を大々的に売り出した人々がいたからです。私も強力なマーケティングを望みたいです。私の背後にいてほしい。例えば、それがあってこそ、CDの録音が可能です。

あなたのマーケティングには、普通考えられないほどのプライベートな写真満載の非常に充実したウェブサイトが使われていますが・・gri_shumi.jpg

今日、インターネットはものすごく重要な情報伝達手段です。舞台上の私を見て、私についてもっと知りたいと思った人は、インターネットに行きます。今は子供もインターネットを情報源として利用しています。ですから、私の写真もサイトに載せています。それによって、私がだれで、どんな人かということに対する理解が、いくらかは深まるでしょう。そして、舞台上の役だけではない私を知ってくれるでしょう。もちろん、舞台写真も載せます。

私たちもあなたに対する理解が深まりました。舞台にいないとき、ヴィットリオ・グリゴーロは何をしていますか。

好きなオートバイに乗っています。そう、それから子供の時からの趣味に戻ります。グライダーです。特にアメリカにいる友達と一緒に・・    遠隔操縦の飛行機です。すごいアクロバット飛行ができます。前のように出かけて、私の飛行機が上昇するのを見るまでは、あまり期待できません。


へぇ〜そうなんだ...がけっこうありますね。
★2000年ブッセートのフランコ・ゼッフィレッリ演出の《椿姫》を断った...
これは多分、実際には、2002年に上演されたのものだと思います。ヴィオレッタはボンファデッリ、パパはブルゾン、アルフレードはアメリカ人テノール、指揮はドミンゴ.....

★ドミンゴの録音でもこの役を歌うはずでしたが、その間に声変わりした...
これは、時期的に見てあの再現《トスカ》じゃないかな...もしかしたらグリゴーロ少年かと確認しましたから。

★秋のチューリヒでのデビューよりずっとよくなりました。あの時は、しばしば声量過多になっていました...
レビューでも劇場に合わせた声量で歌うことを学ばなければ....と書かれていました。(声が小さいと言われるよりはいいでしょうけど)

★CDの件
2枚目のアルバムのことだと思いますが、グリゴーロとは関係のないところでトラブルになってるってことみたいですね....ポップじゃなくてアリア集だったのかな...せっかく録音したんだったら、早く出して欲しい! 聞きたい!

★ネット上で読めるインタビュー記事の抜粋:DAS INTERVIEW/VITTORIO GRIGOLO
注)来月号が発売された時点で、内容が変わります。

★DAS OPERUNGLSのホームページから、注文できます。速達で送られてきますので4日くらいで届きます。
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コメント 9

ペーターのファンです。

右の写真が可愛いです、育ちの良いいたずらっ子みたいで。ラフな格好でも品が下がってないのがさすがグリゴーロ。知名度注目度上昇のようで嬉しくなります。
by ペーターのファンです。 (2009-06-26 19:53) 

babyfairy

やっぱり『椿姫』、『ラ・ボエーム』等辺りをレパートリーにして歌って行くんですね。リゴレット聴いてみたいですね。行けないだろうけど、今年秋のチューリッヒでゲオルギューとの『ラ・ボエーム』、聴きに行きたいです・・・。
by babyfairy (2009-06-26 20:20) 

keyaki

ペーターのファンさん
>ラフな格好でも品が下がってないのがさすがグリゴーロ
もう....これで思い出すのが、50年か100年に一人のテノールさんですね。(笑

なかなか面白いのでインタビュー記事の要約を載せました。
また引き合いに出して申し訳ないですけど、40才のテノールさんより、地に足がついでますね...
by keyaki (2009-06-26 22:06) 

keyaki

babyfairyさん
CDの件、どういうことでしょうね。グリゴーロの手を離れたところでトラブってるってことのようですね。
アリア集みたいですけど....だったら早く発売して欲しいです。

>今年秋のチューリッヒでゲオルギューとの『ラ・ボエーム』、聴きに行きたいです・・・。
ゲオルギューは、初日だけで降板する癖がありますから、行くなら初日ですね。
オランジュも「音楽ファンならだれでも一生のうちに少なくとも一度は行くべきでしょう。」なんてグリゴーロ君が言ってますから、行かなくちゃですね。
by keyaki (2009-06-26 22:11) 

サンフランシスコ人

「ゲオルギューは、初日だけで降板する癖」

そうでないですね。

http://archive.sfopera.com/reports/rptOpera-id1832.pdf

http://archive.sfopera.com/reports/rptOpera-id1847.pdf

by サンフランシスコ人 (2009-06-27 04:57) 

ペーターのファンです。

なんと、アリア集の録音があるなんて。余計なとこでもめずにちゃんと発売してほしいですが、グリゴーロが事態を冷静に判断してオペラの舞台を選んでいることが何よりです。
>国際的キャリアの確立は、CD企業との専属契約によってこそ
50年に一人だかの誰かはこれに乗っかったわけですね。乗せる方も乗せる方なら乗る方も乗る方で、私の目と耳にはこんなヒドイのは50年に一人・・・。

オランジュは行きたいですねえ、とても良い舞台でしょう。2014年まで予定ありなんてさすがと思いますが、その中に日本は入っていないでしょうね。
by ペーターのファンです。 (2009-06-27 08:34) 

Sardanapalus

そうそう、この表紙!ロンドンの街中のCDショップで見つけてひとりニヤニヤしてしまいました。中は読んでいないのですが、なかなか内容の濃いインタビューですね。OPERNGLASらしいです。私服でもかっこいいのはやはりイタリア人の血といいますか、他の文化圏にはなかなか真似できませんね。アリア集のCD、ぜひぜひ問題を解決して発売して欲しいものです。
by Sardanapalus (2009-06-27 18:22) 

keyaki

サンフランシスコ人さん
全公演出演することの方が、多いと思いますが、ここ数年、お年のせいもあるかもしれませんが、初日だけで降りてしまうことが目につきます。
歌手目当てでオペラに行くのは、リスクが大きいので、その歌手の癖を把握するのもリスクをなるべく減らすのに有効だと思います。
by keyaki (2009-06-28 21:18) 

keyaki

ペーターのファンさん、 Sardanapalusさん
もう制作してあるのにリリースしないって.....どうなっちゃうんでしょうね。
カラヤンの自伝にありましたが、ライモンディがスカルピアをはじめて歌ったトスカも、レコード会社がもめて、危うくお蔵入りになるところだったそうです。希望を捨てないで待つしかないですね。

>2014年まで予定ありなんてさすがと思いますが、その中に日本は入っていない
どうなんでしょう、コヴェントガーデンの来日公演の《椿姫》ですが、ヴィオレッタ=ゲオルギュー、パパ=キーンリーサイドというのはどこかで目にしましたが、アルフレードは未定だったような.......

Sardanapalusさん
ロンドンで、ドイツ語のオペラ雑誌が普通に置いてあるんですか。オペラ好きが多いということでしょうね。

>私服でもかっこいいのはやはりイタリア人の血と
そう、やっぱりお国柄ってありますね。イタリア、フランスは別格ですね。
by keyaki (2009-06-28 21:32) 

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